私が音楽を始めたのは日本に帰ってきた高校1年生の時。それまでリスナー専門だったのが、自分でも演奏したり曲を作ったりしたいという欲求が少しずつ増してきており、両親の許可が下りたのをきっかけにバイトで貯めたお金でエレキギターを購入したのが最初でした。練習してバンドを組んで学園祭やライブハウスで演奏したり、オリジナルも作ってレコーディグしてデモテープを作ってみたり。当時の担当はギターやボーカル、ベースなどでした。
次第に宅録にも目覚め、4トラックのカセットMTRやエレドラを購入して、全部自分で演奏してデモを作ってはコンテストに応募していました。さすがにエレドラを家で叩いていると家族から苦情が出てきたので(笑)ドラムだけはBOSSのDr.Rhythm(型番は忘れてしまったなぁ)で打ち込むようになりました。大学に進学した頃から、シーケンサーやシンセサイザーもだいぶ安価になってきたため、ようやくRoland
D-10とKAWAI Q-80を購入し、打ち込みを本格的に始めました。バイトをして機材もだんだんアップグレードしていき、同時に打ち込みの技術も進歩して段々と充実した音も作れる様になっていったのです。
自分にとって革新的だったのは大学3年生の時に購入したサンプラーのRoland S-750で、これにより音作りの幅がグッと広がり、その後に購入したApple
Macintosh ClassicとシーケンサーのOpcode Visionを導入したことで、もっと掘り下げて楽曲を制作することができるようになりました。ロック、ジャズ、民族音楽や環境音楽に至るまで、いろんな音を聴いてはコピーして、オケの作り方を研究しながら自分の基礎を作ったのもその頃です。いろんなジャンルの音楽を吸収して最終的に行き着いたのは最初に熱中した洋楽のブラック・ミュージックで、それが自分のルーツだといえるでしょう。幸いながら思春期にアメリカでの生活の中を体感したということも大きな要因になっていると思います。
大学を卒業して就職してからも制作熱は冷めず、職を転々としながら常にバンドをやったり、宅録してデモテープを作ってはいろんなオーディションやコンテストに応募していました。所帯も持ち、年齢も20代後半に差し掛かり、そろそろ趣味レベルに止めるべきかと真剣に考え始めた矢先、以前送付したデモテープがポニーキャニオンの新人発掘セクションに気に入ってもらい、作曲や編曲のアルバイトを始めたのがターニング・ポイントでした。段々とギャランティーや仕事の質も上がり、やがて本職となり現在に至ってます。
結果的には1本のデモテープがきっかけとなった訳ですが、それまでに各レコード会社に送ったデモテープの数は述べ300本以上はあると思います。当時はR&BやHip
Hopという概念が一般的になく、今の様に若い人が行くクラブも少なく、その頃から作っていたブラック・ミュージック系の音はなかなかレコード会社に送っても受け入れられませんでした。しかしポピュラリティーが欠落している音楽だとも思えないし、決してマニアックな音楽だとも思えなかったので、自分の中ではいつかはメインストリームになり得ると信じて、その時までに実力をつけておこうと逆に決心するきかっけにもなったものです。
プロの作家やプロデューサーはほとんどの人がそうだと思いますが、依頼があればどんな音楽でもこなせます。が、特定の分野でもっともその力を発揮するという個性があり、その個性が最大の売りでもあるわけですから、幅広くいろんなことを吸収しながら「これだけは人に負けない」というものが必要だと思います。私もR&Bに限らずダンス・ミュージック系全般の仕事の依頼をいただきますが、ブラック・ミュージックの基礎があるので、どんな類いの音でもグルーブ感を必然的に追求することになります。その結果、広い解釈でブラック・ミュージックともいえるオケに仕上がり、最終的にはその傾向が仕事を発注する側の利害と一致する結果になる訳です。
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