| シアターブルック 吉澤昭広インタビュー 友達のいない、知らないお客がいるハコで 修行を積むことがDJ上達の早道 |
吉澤昭広【プロフィール】 1970年5月1日生まれ。シアターブルックの中でターンテーブル&プログラミン グを担当。またシアターブルック以外にも、個人でDJとしての活動も行なっており、 吉祥寺スターパインズカフェ、三宿WEB、真空管、蜂などでプレイしている。 1986年バンドを結成し活動を開始したシアターブルック。インディーズにも関わ らず、1990年にはレッド・ホット・チリ・ペッパーズ初来日公演のライブサポートを勤めるなど、音楽業界関係者を中心に話題を集めました。また1995年にミニ アルバム『CALM DOWN』でメジャーデビューし、ロック、ソウル、ファンクといった バンド感の強い生のサウンドにターンテーブルを入れた独自の音楽性は、FM各局で大絶賛を浴びました。今回、バンドではターンテーブル&プログラミングを担当、DJとして個人的にも活躍する吉澤昭広にインタビューした。 |
吉澤)シアターの中の自分は、"影の立役者""縁の下の力持ち"って感じで、DJをして いる自分は、裸の自分なんで"全部自分"ただそれだけの違いです。
吉澤)ネタを拾ってくること、それから味付けですね。例えば、「ただの道」って曲があるんですけど、つくっている時に"カレー風味にしたい"ってことになって。"カレー
風味だったらインドだろ"ってインドの楽器の音ネタを探したりしてました(笑)。 あとはフレーズ・サンプリング。
吉澤)レコーディングの時は、プログラミングとかサンプリングをしていますけど、ライブ の時は、いろんな所から取ってきたサンプリング音源を、入れ込みたい曲のキーを合わせることでそれをうまく曲に重ねて、曲の味付けをしています、DJもいますよって感じで。でも実際、ライブの時、お客さんには僕の音か、キーボードの音か分からないみたいですよ。うまくやればやるだけ、キーも合っているし、エフェクターもご く自然に入っているし……。俺、何やってるんだろう? みたいな、自分の中で葛藤しながらやってます(笑)。 |
| いつ頃からDJを始めたんですか? |
| 吉澤)DJは高校の時からです、ちょうど80年代前半。きっかけは、ブレイクダンスあたりのブラック・カルチャーに興味を持ち始めて、曲というよりもビデオを見て、学校 の教室の後ろで踊っていました。曲に関しても、音楽が好きな奴に「何かR&B、ソウルでいいのない?」って感じで聞いて、「チャカ・カーンはどう?」って教えられたりしなが ら、憶えていきました。 |
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