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| 最初に、音楽に興味を持ったきっかけを教えてください。 |
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柴田さん
(以下、S): |
幼稚園入った時に、僕は憶えていないんですが、自分からやりたいと言ったらしくて、地元の音楽教室の電子オルガンのグループ・レッスンに通い始めて、小学校に上がる時にピアノの個人レッスンを受けるようになりました。 |
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| ピアノの練習が嫌になったことはありませんか? |
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| S: |
僕が小学校2、3年、物心ついた頃にはもう練習が嫌で、辞めたいって言っていたんですけど、母が辞めさせてくれなかったんです。僕の父はもともとベーシストで、僕が生まれてからは音楽から離れて飲食店を経営していたんですけど、小学4年生くらいの頃から、父とセッションで遊ぶようになって、だんだん音楽も面白いなって思うようになりました。それまではクラシックしか知らなかったから、自由に弾く、アドリブの演奏が面白いなって感じたんです。よく父と友人のおじさんたちが集まってライブをやっていて、そこに僕も混ざっていたんですけど、そこからですね。割と早く、小学6年生くらいの頃にはすでに、こういう音楽の道に進みたいなって考えていました。それまでは家の飲食店を継ごうと考えていたんですけどね(笑)。 |
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| セッションやライブの楽しさを知ってからも、クラシックのピアノ・レッスンは続けられていましたか? |
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| S: |
正直に言うと、その頃はクラシックのレッスンは好きじゃなかったです。譜面を忠実に弾くということよりも、自由に弾きたいという考えになっちゃうんですよね。だけど、ピアノの基礎ってクラシックだし、クラシックを知るか知らないかで自分の音楽も随分変わってくるんだなと、今になって思えるんです。父からもクラシックは絶対必要だからちゃんとやっておけと言われましたしね。 |
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| それから、音楽の高校を受験し、1人で東京に出てこられますよね? |
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| S: |
はい。クラシックを勉強するために上京しました。中学生の頃からもう地元にいるのは嫌だなという気持ちで、海外に行っちゃおうかとも思っていたんですけど、親と相談して、まずはある程度段階を踏んで行ったほうがいいんじゃないかという話になって、自分としてもきちんとピアノの基礎を固めたいなと思っていたので、ピアノのレッスンの先生が薦めてくれた高校に進学したんです。 |
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| 高校を卒業されて、アン・ミュージックスクールに入られましたね。 |
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| S: |
作曲法や理論を勉強するつもりだったんですが、実際の授業では初歩的なことから始めるので、「僕が知りたいのはその先なんだけどなぁ」って、作曲や理論などの授業にはあまり出なくなりました。でも、セッションの授業があって、それは先生と相談してすぐ一番上のクラスに入れてもらったので、同年代の人とセッションができるようになりました。アンで僕が一番プラスになったことは仲間ですね。それまでは同じ年くらいの人間で自分と同じような音楽をやる仲間がいなかったんで、仲間が増えて、互いを高め合ったり、セッションをしたりいろんな音楽を教えてもらったり。それに、先生が接しやすい人ばかりで、いろんなことを教えてもらいました。あの学校には入れたから今の僕がいると言っても過言ではないですね。 |
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| プロのピアニストとして活動を始められた経緯を教えてください。 |
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| S: |
そこなんですよ。プロって、どこからがプロなのか分からなくて難しいんですけど、東京に来てから、ギャラを貰った最初の仕事は高校3年生の冬です。セッションをしに行ったライブハウスのオーナーに声をかけられて、あるイベントに出る予定だったピアニストが病気で出れないから代わりに出ない?って誘ってくれたんです。そのイベントがまた面白くて、映画をテーマにした読み芝居とジャズの演奏が一緒になったものだったんですが、もう、凄く緊張しましたね。食事もノドを通らないって、このことかと思いましたよ。 |
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| では、NEW PONTA BOX結成について教えてください。 |
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| S: |
あるバンドのヘルプでライブをした時に、対バンしたバンドでキーボードをやっていた人が佐藤“フィッシャー”五魚さんで、僕に声をかけてくれたんです。フィッシャーさんは当時ポンタさんの30周年の記念アルバムのマニピュレーターをやっていたので、ポンタさんの事務所の人を紹介してくれて、その事務所の人が「君がリーダーのトリオの演奏を観たい」と言ってくれて、新宿 Pit INNの昼の部をセッティングしてくれたんです。で、そこで演奏をして、それをビデオに撮ったんですけど、そのビデオをニューヨークから帰ってきたポンタさんが観てすぐ電話をくれたんです。僕はその時電話に出れなくて、そしたら留守電に「今君のビデオを観たんだけど、俺で良かったら是非一緒にやりたい」ってメッセージが入っていて。それを聴いた瞬間、僕は速攻で電話して、その日のうちにすぐ会いに行って……、それから1週間くらいは毎日飲みに行かされました(笑)。 |
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| そうでしょうね(笑) |
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| S: |
もちろん朝までコースで、その頃は僕もバイトしていたんで凄く大変でしたけど、とても良くしてもらって嬉しかったですね。でも音を出したのはそれから3ヵ月くらい後になってからでした(笑)。僕、やりたいことはたくさんあるんですけど、ポンタさんと一緒にやりたいと言うのはその夢の1つでしたから、一緒にできて本当に光栄だし、一緒にいると音楽に対するテンションとか、モチベーションとか、気持ち的な部分が凄く強くて、人間的というか、より心に伝わりやすい音楽をやっている気がします。勉強することがたくさんあるんですよね。 |
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| 22歳の若さで、年齢も随分上の大御所と言われる方たちと一緒に演奏していることは、ご自身にとってどのような経験だと思われますか? |
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| S: |
とにかく楽しいです。生き方的にもカッコいいから、そういう面がいい音楽を奏でるんだろうなと思いました。ポンタさんたちの世代は今の音楽を作ってきた人たちで、精神的な部分が違うと感じます。本当に勢いが違うんですよ。技術云々は自分で磨くものだけど、音楽的なものはポンタさんの精神と接して得るものが大きいので、僕は凄く恵まれていると思っています。 |
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| かたや、calmのライブでも活躍されていますが、こちらはいつ頃から参加されるようになったのでしょうか? |
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| S: |
ポンタさんと会う前からやっていて、もう3年くらいになります。それもフィッシャーさんの紹介なんですよね。 calmがレーベルを持っていて、そこから新人アーティストがデビューしたんですが、その人がフィッシャーさんの大学時代からの友人だったらしくて、フィッシャーさんがその人のライブで演奏するはずだったけど予定が合わず、僕がやることになって、そのライブでcalmと知り合ったんです。それまでは僕はcalmのことを知らなかったんですけど、その何ヵ月か後にレコーディングでピアノを弾いてくれと電話がかかってきて、それから一緒にやるようになりました。それからそういう音楽の現場に触れて、calmのやっている音楽がカッコいいと思って、ハウスにも興味を持つようになりました。 |
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| 打ち込みのリズムについては、クラシックやジャズをやっている柴田さんからみて、人が叩くリズムとは違うと思いますが、リズム感の違いなどはどう思われましたか? |
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| S: |
僕は素直に4つ打ちの機械的なリズムもカッコいいと思いましたね。あまり嫌いなものがないんですよ。人が生で叩くリズム感とはまた別のカテゴリーで体の中に入ってきたという感じですね。 calmはハウスの他に民族音楽的なトラックも作っているので、僕の中ではcalmという人はいろんな音楽を知っていて面白いなぁと思う存在ですね。 |
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