Profile:RAM RIDER(ラムライダー)
1978年東京生まれの27歳。子供の頃からTM NETWORK、MICHAEL JACKSONなどを聴いて育ち、中学時代にシンセサイザーを購入。オリジナル・トラックの制作を始める。以降、DJ 活動をするかたわら、他のアーティストへの楽曲提供やリミックスなどを手がけ、質の高い作品作りが高い評価を受ける。現在はギタリスト、ベーシスト、DJ 、VJなどを擁するRAM RIDERプロジェクトの中心人物として作詞・作曲とボーカルを担当。 2005年11月30日に1st アルバム『 PORTABLE DISCO 』をリリースした。
 
今回のインタビューは、“ポータブル・ディスコ”というコンセプトでダンス・ミュージックとポップスを融合させた楽曲で注目を集めているRAM RIDERさんの登場です。実はMC Club スタッフのSiさんとRAM RIDERさんは10年来の知り合いだそうで、今回はローランドの所有する地下スタジオにて、おふたりが新製品などを試奏している時間におじゃましてお話を伺ってきました。

 
まず初めに、音楽に興味を持ったキッカケをお聞かせください。
RAM RIDER(以下R): 単純に音楽に興味を持ったのは、父がYMOとかEARTH,WIND&FIREなどの音楽が好きで、受動的に家の中でそういう音楽が流れているのを聴いていたからだと思います。その頃から生楽器と電子楽器のどちらの音楽も聴いていて、そのうち自然に電子楽器の音のほうに興味が向いたという感じです。一番大きかったのは小学校でTM NETWORKを知ったことです。音のインパクトもあったんですけど、ステージの上にコンピューターがあるという、そのビジュアルに憧れました。
 
ご自身で音楽制作を始められたのはいつ頃、またどのような機材をお使いでしたか?
R: 中学1年生の頃、MSXというコンピューターを持っていました。それは音楽をやろうと思って買ったわけではないんですが、絵を描くソフトがあるから絵を描いてみるのと同じような感じで、音符を手打ちしてMSXの中で再生するMMLというプログラムがあったので、それを触りだしたのが僕の中では最初の音楽制作だと思います。バンドをやろうと思ってギターを買った、というのと同じように、初めて触った楽器はMSXだったと思っているんです。そうして遊んでいるうちにMIDIという規格があることを知りました。
 
MSXはPSGで音を鳴らすんですが、MSXとMIDI機器を繋げて、MSXで作った音楽をMIDIで鳴らせるというゲームソフトがあって、そこで初めてローランドのJV-30というPCMのシンセサイザーを買いました。僕のファースト・シンセはJV-30なんです。結果的にそのシステムではエラーばかりで鳴らなかったんですけど、そのあと別で使い始めたシステムでもJV-30を使いました。まわりの友達がコピー・バンドを組むような感覚で、1人でバンドスコアみたいなものを買ってきて全部のパートを自分で打ち込んで遊んだり。まあ、カラオケの音作りのようなことを趣味でやっていました。
 
打ち込みは何で行われていたんですか?
R: 全部MSXのキーボードのテンキーで打ち込んでいました。JV-30にはシーケンサーが入っていなかったんですね。次のJW-50には付いていたんですけど。
 
MSXから本格的に音楽制作を始められたのはいつ頃ですか?
R: 14歳くらいでしょうか。その頃から音楽制作に関する雑誌を買うようになったんですが、ちょうどその頃、表紙を開けるとローランドのシンセサイザーでデジタル・ワークステーションという肩書きが付いたJW-50という楽器の広告が載っていて、ミキシングもできるしシーケンサーも中に入っていて音も作れる。僕が今、いろんな機材を苦労して繋げてやっていることがこれ1台で全部できると思って買いました。それを買ってからは音楽をやりたいという気持ちが固まって、ミキサーやサンプラーなどいろんな機材を買い集めるようになりました。そういう機材を使ってダンス・ミュージックを作り始めたのが17歳の頃です。
 
先ほど話されたTM NETWORKの他に、自分が制作を始めてから影響を受けたアーティストはどのような人ですか?
R: それは数え切れないくらいたくさんいます。僕は影響を受けやすいほうなので、その影響が偏らないように、受けた影響をすべてミックスして出すという方針なんです。10代に関して言えば、TM NETWORKから電気GROOVEを知って、彼らのラジオ番組からテクノやハウスなどのいろんな音楽を知って、というのがひとつの軸になっているんですけど、それとは別にオリコンの上位に入るような歌謡曲もたくさん聴いていましたし、渋谷系と呼ばれる音楽や、友達が聴いていたGUNS N' ROSESなどの普通のロック、それら全部が混ざった感じです。
 
 
では、音楽を仕事にしようと思われたのはどのようなキッカケでしたか?
R: 17歳くらいの時に自分でプロバイダーと契約をして初めてインターネットに接続したんです。そこで知り合った方は今でも凄く繋がりがあって、Siさん( MC Club スタッフ・元シンセ開発者)もその1人なんですけど、そこで知り合った人たちがいるからクラブへ遊びに行き始めたんです。その関わりの中で、レーベルという発想を知ったんですね。レコード会社でもなくアーティストでなくても、自分で何かやろうと思えばCDやレコードを出せるという文化を知って、自分のレーベルを立ち上げたんです。
 
海外で自分の作った曲をレコードにプレスして、東京のレコード・ショップに委託で販売をしてもらっているうちに、僕の今一番重要なマネジメントをしてもらっている方と知り合いまして、19歳の時にその人の紹介で、何人かのメジャー・アーティストのリミックス制作のオファーが来ました。僕、デモテープを送るとか、オーディションに行って頭を下げるなんていうことが凄く嫌で、結構プライドの高い少年だったんですよ(笑)。こうやってレーベルでビジネスの真似事みたいなことをしていたら、そのうち誰かが声をかけてくるだろうという確信が僕の中にはあって、だから誰かが声をかけてくるまで自分からはお願いしますと頭を下げない方針を貫いていたんです(笑)。結果、メジャーのアーティストの作品に携わるようになったことが、音楽でお金をもらうようになったキッカケですね。
 
RAM RIDERとしての活動を始められた経緯を教えてください。
R: 自分でレーベルをやっている時は別の名前を使っていたんですが、1999年に実際にメジャーのアーティストのリミックスを手がけるようになった時に、RAM RIDERという名前を使い始めたのがキッカケです。
 
リミックス以外にもオリジナル曲を作っていたんですよね?
R: 当時はインストのダンス・ミュージックを作っていました。リミックスのお仕事をいただいた時は、素材としていわゆる歌謡曲のメロディがアカペラで送られてくるので、そこに自分のバックトラックをあてるという作り方をしていたんですが、歌謡曲のメロディを分解しながら作業していたので、リミックスの作業をやるのと同じ方法でオリジナルの歌モノも作ることができると気がついて、オリジナルの歌モノを作るようになりました。
 
曲のモチーフはどのようなところから浮かんでくるのでしょうか?
R: よく公園に散歩に行っていて思いついたメロディを留守電に入れるとおっしゃる方もいますけど、僕はそういう作り方はいっさいできなくて、コンピューターとシンセサイザーの前に座って音が出る状態でないと作れません。今から作るぞ、という気持ちで機材をいじって音を出しながら作るので、パッと浮かんだメロディを形にするということはあまりないです。そのかわり曲作り以外の時間は本を読んだり映画を観たりして、何か歌詞の世界でヒントになるようなものを見つけたりということはします。
 
基本的なワークフローはありますか?
R: 軽くリズムを打ち込んで、ベースのコード進行を決めて、メロディと歌詞はほぼ同時です。メロディを作ってそこに歌詞を乗せるとか、その逆もあまりないですね。日本語の持つ音楽的なものが、実は割と重要だと分かってきたので、同時に出てくるまで待ちます。メロディのニュアンスは、言葉が「あ」から始まるのか「い」から始まるのかでも違うから、メロディと一緒にやりながらじゃないと分からないんです。サビといわれる部分に関してはそういう作り方が多いですね。
 
曲作りに関して、何が一番難しいと考えられていますか?
R: 音色とアレンジですかね。歌詞やオケは割とひとりよがりで作ってもいいんですけど、それをパッケージする作業のほうにセンスが出てくると思うんです。だから音色選びやアレンジには時間がかかります。最近は他の人と一緒に作業することも覚えたので、海外のアーティストと共同アレンジとかもするようになり、いろんな発見がありますね。


   
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