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全国で開催されている「村石雅行“男気”V-Drumsライブ&クリニック」が5月19日、秋葉原LAOX楽器館において行われました。ドラマーとして人気の高い村石さんの出演とあって、会場は立錐の余地もないほどに満員、また女性の受講者が多いのにも驚かされました。今回はV-Drumsの魅力を中心にドラム全般のこと、音楽観などを、イベント終了後、熱気冷めやらない村石さんにインタビューしました。※7月開催の詳細はhttp://www.roland.co.jp/event/のショップ・イベント参照、尚6月の開催はありません。 |
| 1964年熊本出身。幼少の頃より格闘技を学び、パンクバンドにてドラムを始める。東京芸術大学音楽学部在学中より、数多くのアーティストのバッキングをつとめた後、1988年にプログレバンド「KENSO」に参加。芸大卒業後、後輩にあたる「KRYZLER&KOMPANY」への参加の他、スタジオで数多くのレコーディングを行いつつ、ジャズ・フュージョン系のセッションや椎名林檎他多数のツアーサポート、吉田拓郎、松任谷由実等、大物アーティストのツアーやレコーディングにも参加。久々の大型ドラマーとして今後の活躍が期待されている。 |
| とにかくドラムが好きなので、どんな形であれ、できるだけ長くドラムを叩いていたいですね。V-Drumsに関しては、生ピアノとデジタルピアノの関係くらいまで進むことが最終課題だと思っています。 |
| --ドラムはいつ頃から始められたんですか。 | |
| 家族が格闘一家だった影響で、僕自身、小学生の頃は剣道一直線だったんです。でも中学校三年で急に音楽好きな自分に気がついて、友達とバンドを組む時にドラムを叩いてみたら、僕が一番上手かったんですよ。音楽的にはダムドやストラングラーズが大好きだったのでパンク・バンドを始めました。当時の僕にとって、有り余る体力をぶつけるにはドラムしか思い浮かばなかったんです。 | |
| --影響を受けたドラマー、影響を受けたミュージシャンなどいますか。 | |
一番最初にドラム・ヒーローだと思ったのはパンクをやっているにも関わらずコージー・パウエルでしたね。 |
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| --芸大の打楽器科に入ったのはどんな理由? | |
| 高校2年の時にフュージョンに出会うんですけれど、ドラムで表情豊かに歌っているような感じがして「こんなに凄い音楽があるんだ!」と思いました。そのころの僕はロールすら知らなかったので、ブラスバンドの先輩のところへ習いに行ったんです。で、その先輩が芸大に入ったので、受かるわけないだろうなと思いつつも、1次試験をパスすることを目標にして記念に受験してみたんです。そうしたら2次試験まで軽くパスしちゃって(笑)。でもパスすると思っていなかったから聴音、ピアノ、歌の試験がある3次試験はまったく勉強していなかったし、もちろんダメでした。そして1年間、3次試験の勉強だけしていれば来年は受かるなって自信をつけちゃったんですね。それが芸大に入った、というか入れた理由でしょうね。 | |
| --でも芸大の打楽器科だとクラシック系ですよね? | |
| そうなんですけど、田舎者だったから芸大に行けば神保彰さんみたいな人がいっぱいいるんだろうと思っていたんです(笑)。でもみんなマリンバとかやってるので、俺はなんてところに来てしまったんだろうって思いました(笑)。しかも芸大ではドラムも叩けないので早稲田のモダンジャズ研究会の人たちと一緒にコンボをやって、そこで初めてジャズ・セッションをしました。 | |
| --電子ドラムに触れたのはいつ頃でしたか。 | |
最初の出合いはバイアスっていうメーカーだったかな? タムにつけて「キューン」って音が出るやつ。あれをいち早く取り入れたり、ことドラムに関してはマメに情報をチェックするタイプでしたね。ローランドはもちろん、パール、シモンズとエレクトリック・ドラムといわれるものはひと通り試しました。 |
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