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| 今回のインタビューは元筋肉少女帯で、現在は「特撮」「ザ 蟹」「THE金鶴」などで活躍中のピアニスト、三柴理さんの登場です。三柴さんといえば、ロック、パンク、クラシックとさまざまなジャンルで、しかもソロ、バンド、ユニットとその演奏形態にもとらわれないアメーバ的音楽性が魅力。今回は、三柴さんのデビュー当時からプロデュースをされている佐々木貴さんにも参加して頂いてのインタビューとなりました。 |
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| 4歳からピアノを始めて、安川豊子さんに師事されたそうですが、ロックバンドでの活動はどういった経緯で始められたんですか? |
三柴
(以下M)
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自分で作曲したものが演奏できる事が嬉しくて始めたんです。最初は大学の時にコピーバンドをやろうって誘われたんですが、それが全然性にあわなくて、どうせやるならオリジナルをと、「新東京正義乃士」というバンドを組んだんです。 |
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Profile:三柴理(みしば
さとし)
4歳からピアノを始める。ピアノを安川豊子氏、作曲を柏木由紀氏に師事。国立音楽大学中退。インディーズバンド新東京正義乃士を経て、1988年ロックバンド筋肉少女帯のピアニスト三柴江戸蔵としてメジャーデビュー。89年脱退後は、様々なアーティストのサウンドプロデュース、またピアノ&キーボード・プレーヤーとしてレコーディングやライブに参加。93年から96年にかけてピアノソロコンサート『ピアノのなせる業と神髄』を行い、96年同名のCDをリリース。現在は大槻ケンヂとのバンド「特撮」をはじめ、佐々木貴(ex.有頂天)とのユニット「THE金鶴」、塩野道玄と「ザ
蟹」でも活動中。映画音楽及びTV・CM音楽も数多く手掛け、2002年にはバンダイビジュアルのOVA“戦闘妖精雪風”のBGMを担当、『オリジナルサウンドトラック1』も発売されている。
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| 音大に行かれてからなんですね。では、中学・高校時代にはバンドを組んだりしなかったんですか。 |
M
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もう、クラシック一筋。あの音量で耳が痛くなるのが嫌で、まったくロックを聴いていなかったんです。バンドを組んだ時点でもロックは聴いていなかったし、僕の書く曲はクラシックの歌曲のようなものばかりでした。バンドの他のメンバーも、エレキギターのかわリにバイオリンがいるし、ドラムは元々キーボードでドラムの知識がなくて、キックとスネアを同時に叩いちゃうような人(笑)。ベースだけはロックに詳しい人でしたが、寡黙な人だったので僕達のやっていることにニヤッと笑うだけで、意見は言いませんでしたね。そうこうしているうちにナゴムレコードからリリースしないかとお声がかかって、「おれたちの音楽はスゴイからいきなりレコード・デビューできちゃうんだ!」と勘違いしちゃった。インディーズとかメジャーとか、そういう括りも知りませんでしたからね。当時は自分達の音楽を「戦うロック」だと言っていて、自分達の音楽が世の中の歌謡曲になればイイと思っていたんです。まあ、世の中のいろいろな事においてとにかく若かったんですよね(笑)。 |
| 当時はインディーズ・レコードが全盛だった時代ですよね。ナゴムといえば佐々木さんが在籍していたバンドの「有頂天」のボーカルのケラさんが主催していたレーベルですが、最初に「新東京正義乃士」を観た時どんな印象を持たれましたか? |
| 佐々木(以下S) |
最初は「おっ、カッコイイな」と思いましたよ。そして、三柴さんの超絶演奏ですからねぇ、きっとプログレッシブ・ロックが演りたいんだなと思っていました。でもどの曲を聴いてもドラムは「ツツダッ、ツツダッ」しか叩かないし、あれ? と思って話をすると、プログレどころかロックをまったく知らない人達だと分かった(笑)。 |
| M |
プログレは「筋肉少女帯」に入って内田雄一郎くんに聴かせてもらってから知りました(笑)。 |
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| 佐々木さんはそんなバンドのプロデュースをされたわけですが、大変だったんじゃないですか? |
| S |
いや、アドバイスをほんとうに素直に聴いてくれる人達だったんで(笑)、大変という事はなかったです。彼は聴いた音が音符になって頭に浮かんでくるような人なので、歌って説明すればすぐ弾けちゃうし。 |
| M |
佐々木さんをはじめいろんな人に会って、「自分達は本当にロックを知らないんだぁ」と実感させられたので(笑)、人から教えられる事はガンガン吸収してやろうと思っていましたね。 |
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| バンドを始めた最初の頃の練習はどんなものでしたか? |
| M |
クラシックピアノをやってきた人って、自分のリズムしかないんですよ。自分の中のテンポで演奏しがちなので、リズムに合わせて演奏するという感覚がないんですよね。だからそれを克服するために機械のリズムに合わせて背中を叩いてもらって練習したりしましたよ。最初はテンポ40位から始めて…(テンポ40って物凄く遅いんですよ!
)
そこからだんだんテンポを速めて練習しました。 |
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| 小さな頃からピアノを習われていて、最初から練習も含めてピアノはお好きでしたか? |
| M |
いや、小学生位の時は嫌だと思うこともありましたよ。一つの曲を最初から終わりまでつっかえずに10回弾けたら次の曲に移れるという練習なんかもあって、9回目でつっかえちゃったりして(笑)、泣きながらまた1から弾き直し…とか。そういう時はもう悲しくて悲しくて。 |
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| ではピアノをやっていて良かったと思ったのはいつ頃からですか? |
| M |
中学2、3年の頃に、同級生の恐い人たちに認められた時ですね(笑)。休み時間に「三柴、ピアノ弾けるよな?」って言われて世良公則の曲を弾いて……その頃はまだカラオケなんてなかったから凄く喜ばれたんですよ、「三柴、うまいな!」ってね。そういう目立つ人達から認められるのって嬉しいでしょ。 |
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| ローランド製品で一番最初に使用したのは何でしたか? |
| M |
一番最初に購入したのはJUNO-106ですね。バンドでキーボードを使いたいと思った時に佐々木さんに電話で相談したんです。 |
| S |
その時も素直に「わかりました!」って電話を切って、次に電話がきた時には「買いましたぁ!」って(笑)。 |
| M |
純粋ですから(笑)。佐々木さんはS-50とD-50を持っていたんですよね。僕は全然使いこなせなかったけど。 |
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| 最近では何か使っていらっしゃいますか? |
| M |
XP-30とか…、今はいいですよね、ゲーム感覚で音作りができるくらい操作が簡単になりましたし。以前は知り合いの家に行って触った事のない機材を見つけちゃったりすると、「もう帰ってくれ!」と言われるまでいじり倒したりしてしまったんです。それがまったく初めて触る楽器でも簡単に操作ができるようになったというのは、昔を思えば本当に凄い事ですね。 |
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| どういった部分が気に入って使用されているのでしょうか? |
| M |
僕、音色は昔からローランド派だったんです。音の伸びというか、ヌケがいいからPAさんにも喜ばれるんですよ。鍵盤に関しては弾く曲によって使い分けをする方で、和音の連続の曲を弾く時はキーボード鍵盤の方が好きですが、基本的にはピアノ鍵盤が一番好きですね。そのどちらの場合もローランドの鍵盤はクッと重みがあって弾きやすいと思います。 |
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