久保田麻琴
裸のラリーズのベーシストとしてのバンド活動を経て、1973年、ソロ・アルバムを発表。その後は久保田麻琴と夕焼け楽団を結成。1980年にメンバーチェンジを経てサンセッツと改名。バンドでのギター/ソングライティングを担当。英国、オランダ、豪 州、ニュージーランド、カナダ、ジャマイカ、アメリカなどでもライブを行っている。90年代は東南アジアのポップスに深く関わり、プロデューサーとして活躍。1999年には細野晴臣氏とのユニット、ハリー&マックを結成し、シンガーとしての活動も再開。プロデュース、プレイヤーとして、さまざまなジャンルを包括した、柔軟性のある音楽を展開している。
 
R-4
今回のインタビューは久保田麻琴さんの登場です。日本ではまだ知られていないさまざまな音楽を紹介すべく世界中を飛び回っている久保田さんですが、最近フィールド・レコーディングの機材をR-4に変えたという話を聞き、早速R-4の使い心地などのお話を伺いにプライベート・スタジオにおじゃましました。もちろんR-4について以外に久保田さんと音楽の関わりあい、最近興味をもっている音楽についてなども面白くたくさん話していただき、とても内容の濃いインタビューとなりました。これを読んだみなさんも、もしかすると新たな音楽を探しに旅行に行きたくなるかも知れません。

 
まず最初に、音楽を始めようと思ったきっかけは何でしたか?
久保田さん(以下K): とにかく楽器を鳴らして気持ちいいと思ったことが最初じゃないでしょうか。それは今も変わらないです。
 
それは何の楽器でしたか?
K: 子供の頃はピアノが家にあったとか、中学でブラスバンドでサックスを吹いていたとかですね。ギターは高校から弾くようになりました。大学の頃まだミキサーがなくて、というか買えなくて、オープン・リールのモノラル録音でピンポン録音をしていたんだけど、その方法はラインをメインジャックに入れて、マイクをジャックに半分差して録る、というやり方なんです。そうするとフィフティ・フィフティで入るんですよ(笑)。機材がなかったら、自分で何か方法を見つけるということですかね。音を体験したいという気持ちが録音や制作に繋がるんです。
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影響を受けたアーティストはいらっしゃいますか?
K: 小学校の頃はカントリーでしたね。中学校に入ってやっとレイ・チャールズが出てきて、でもちょっとませた子だったので、いきなりマイルス・デイビスとかを好きになっちゃって、キャノンボールやセロニアス・モンクとかを聴いていました。ちょうどそのタイミングでビートルズが来たんですけど、私は最初、ビートルズがうるさくて聴けなかったですね。1968年から1970年、大学に入る頃からはレボリューション・タイムなのでちょっと頭も柔らかくなって、ロックと、ブラジルやボサノバを同時に聴いていました。
 
曲を作る時や、楽器の練習はどのようにされていたんですか?
K: 中学、高校くらいからはレコードを聴いてコピーしようともしました。曲を作り始めたのは大学に入ってからですね。コピーができないというか、コピー始めたら、まるで事故のように違う曲になっちゃって、「作曲ってこんなことか」って。それが作曲を始めた頃の感じでしょうか。
 
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久保田さんが曲を作る時のアイディアはどのようなところから浮かぶのでしょうか?
K: 私はプロのソングライターだという意識はそんなにないんです。だから、曲はいつも事故のようにできるというニュアンスに近いかも知れません。「さあ、作ろう」という意識では作っていない。それから最近は、わりとアンビエント的なものを制作する機会が多いので、自分からあれこれひねり出すんじゃなくて、音が自然と集まってくるのを待つというか、音が集まれるようにしてあげるのが仕事みたいですね。
 
 
夕焼け楽団の結成に至るまでの変遷はどのようなものだったのでしょうか?
K: その前に、1969年にボサノバのバンドをやっていて、1970年からは裸のラリーズをやっていました。ラリーズは、リーダーの水谷くんと大学の軽音同好会で一緒で、彼が軽音を抜けちゃった後に偶然道で出会って、生っぽいものをやりたいから手伝ってくれって言われて始めたんです。その時にN.Y.のアシッド・フォークと呼ばれているような音楽を聴かされたり、当時のサイケ・ロックというようなもののイニシエーションというか、そのようなことを体験しました。その頃、こっちもアメリカに行くって決めていたので、ちょうどいいタイミングで、ラリーズをやりつつ、バイトをしながらお金を貯めて、大学を1年休学してアメリカに行ったんです。夕焼け楽団を始めたのはアメリカから帰って、しばらくラリーズをやりながら、それと並行して始まったんです。日本では、ロックというとブリティッシュ系のちょっと力が入った感じのロックが主流だったんだけど、もっと軽いものをやりたくて夕焼け楽団を始めたんです。でも夕焼け楽団を始めた後、ハワイとかを見ちゃうと「やっぱりアジアなんじゃないか」と思うようになるんですよ。私の最初のアジア体験はハワイなんです。ハワイが面白かったのは凄くアジアだったからなんですよね。でもそれもアメリカという西洋の国に充分に滞在した経験があったからそう感じられたのかもしれません。
 
ハワイでアジアを体験するとはどういうことなのでしょうか?
K: 日系、中国系、フィリピン系とたくさんのアジア人がいて、日本では失われかかっていた昔のアジア的なものが残っているんです。独特の混じり方、マルチ・カルチャーの面白さを感じたんですね。そこで、自分たちはアジア人なんだって意識するようになって、「じゃあ沖縄を見ておかなきゃ!」って思い立って沖縄に行って喜納昌吉さんの曲、「ハイサイおじさん」に出会ったんです。その時点より数年前に現地でヒットしていて、私が出会ったときはすでにすたれていたようです。レコードも沖縄でしか発売されていなかったんですが、そのオリジナル盤を何枚か買って、細野さんをはじめ何人かのお土産にしたんですよね。
 
その頃、細野さんもアルバム『トロピカル・ダンディー』を作られていますね。
K: そう、その頃は彼は悶々としてたんだよね。彼もはっぴいえんどの終わる頃LAでアルバムをレコーディングしたんだけど、「なんか違う」って違和感を感じてたみたいでね。鈴木茂君はそのまま『バンドワゴン』とか、アメリカンな方向に進み、細野さんは、実は『トロピカル・ダンディー』の前にも、カリフォルニアっぽいというか、リトル・フィートみたいな曲を何曲か作ってたけど、自分は居心地の悪さを感じていたみたい。聞いてみたら全然問題ない、カッコいいものなんですけど、本人が居心地が悪いからオクラにしちゃってたんですよね。それでその頃、私が沖縄に行っていたので、興奮して「沖縄は凄いよ!」ってイラスト入りの絵葉書を出したらしいんです(笑)。5年前くらいに2人で首里を歩いていた時に「そういえばここから見た絵を書いて葉書をくれたよね」って彼が思い出して話してくれました。
てなことがあって私同様、細野さんも昌吉のハイサイにはやられた。で、私は『ハワイ・チャンプルー』というコンセプトが浮かび、細野さんは『トロピカル・ダンディー』の世界にはいっていくわけです。
 
ハワイの音楽とアジアの音楽の共通点はあるんでしょうか?
K: どうでしょうか? いわゆるハワイアンと呼ばれる音楽は、もともとのハワイの音楽と3〜40年代のジャズが共存しているものです。でも、トラディショナルなハワイアンはこれと別にあって、パーカッションと歌だけの、お経っぽい感じのものなんです。ポリネシアの音楽は、ハワイ、タヒチ、マオリなどいろいろあって、それぞれ少しずつ違うんですが、その中でもハワイアンがジャズと触れることによって一番世界的に広がったんですね。『ハワイ・コールズ』というラジオ番組で全米で放送されてましたし。
 
ライ・クーダーが演奏しているような音楽は、そのジャズと混ざってできた新しいハワイアンなんですか?
K: ライ・クーダーがやっていたのはスラッキー(スラック・キー・ギター)というハワイアンのスタイルをもとにしたものです。スラッキーとはハワイの人たちが自宅で演奏するようなオープン・チューニングのギタースタイルのことです。演奏者がそれぞれ違うチューニングを持っているので、このオープン・チューニングはハワイにはたくさんあるみたいですよ。私は2〜3種類しか知りませんけど。たまたまカウアイ島のワイメアにいた時に見つけたので「ワイメア・チューニング」と名付けましたが、これはハワイの人はあまり使わなそうなチューニングですね。
 
自分でチューニングを発見するということがあるんですね。
K: う〜ん、ギターを決まったチューニングでしか演奏しないというのは固定観念だと思うんですよ。だって、世の中にはギターの他にもたくさん弦楽器があって、みんな違うじゃないですか。南米や地中海でもいろんなオープン・チューニングがあるようですし。
 
それは世界をたくさん見て回ったからこその考えなのでしょうか。
K: どうでしょう? むしろ私の体質かもしれません。『ハワイ・チャンプルー』のレコーディング前に、ハワイに入る前にギターを買いにLAに寄ったのですが、そのとき初めてライ・クーダーに会ったんです。楽器屋で彼がオープン・チューニングでギターを弾いてくれて、それがスラッキーを聴いた最初でした。彼はそのチューニングをギャビー・パヒヌイから教えてもらったんだって言ってましたけど、弾き終わったら弦を全部緩めてましたね(笑)。やっぱりみんなチューニングを秘密にしているんですね。



   
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