| 作曲やアレンジなどのワークフローはありますか? また、アイデアはどんな時に浮かぶんですか? |
| H) |
散歩してるとイメージが湧いてきたり、電車に乗っててメロディが聴こえたり、歩いてる時にグルーブが浮かんだり。前は携帯の機能が進んでなかったから、自分の家の留守電に電話して歌って録音してた。それを家に帰って聴いてそれをキーボードとパソコンで打ち込んでいく。その時の気分を重ねていって曲を作るんだ。自分で作った曲をバンドに持っていって演奏すると、みんながいいアイデアをたくさんくれるから、それでまた曲が変化するけど、まずは全部1人で作って良いか悪いか考えるよ。 |
| 19歳でのデビューからずっとN.Y.で活動をされてきたわけですが、ソロアルバム『JINO
in Wonderland』のリリースを機に、活動の場を日本に移した理由はなんですか? |
| H) |
N.Y.でのセッションの仕事で、プロデューサーから僕に連絡が入るのは4番目くらいだったんですよ。「マーカス・ミラーがダメ、ウィル・リーがダメ、アンソニー・ジャクソンもダメ、じゃあケンジを呼ぼう、一番ギャラ安いから」って(笑)。やっぱり僕はまだまだだし、彼らは凄い大先輩で素晴らしいベーシストだからね。で、99年に日本で僕のおじさん日野元彦さんが亡くなって、親父と一緒に追悼で演奏をした時に、日本のスイートベイジルの社長さんが「2ヵ月くらい滞在して日本のスイートベイジルでライブをやらないか?」って誘ってくれたんです。その時ヨーロッパに住んでいたから日本のミュージシャンだけじゃなくて向こうのメンバーも呼んで、R&B、ジャズ、ブラジル、ソウルと4つのライブをやったんですけど、そのステージをやることで、前より自分に自信が出てきて、もっと自分の曲をやりたいって思うようになったんです。その後も少しずつ日本に来てライブができて、レコード会社とか事務所の人に声を掛けられてアルバムを出すことになった。でも、アルバムを出すという大きなチャンスを掴んだんだから、日本に腰を据えて活動すると決めたんです。 |
| 日本とアメリカの音楽活動において違いは感じられますか? |
| H) |
向こうではグルーブとスピード感があるミュージシャンがいっぱいいます。それが当たり前だから。日本はテクニックが凄い人はたくさんいるけど、簡単なグルーブのニュアンスが上手く出せないミュージシャンもいる。でも、それは向こうに行って、彼らと同じものを食べて会話して、体で音楽を感じて一緒に演奏してやっと掴めるニュアンスだと思う。中にはレコードをいっぱい聴いて研究してる人もいるから、そういう人を見ると僕、失礼かも知れないけど嬉しくて笑っちゃう。「よく知ってるねー、一緒にやろうよ」って話しをするんです。 |
| 一番多感な時期をN.Y.で過ごされて日本に戻ってきたわけですが、日本の音楽シーンはどのように感じられましたか? |
| H) |
ジャズ、ボサノバ、ラテン、ロックを大事にして、みんな一生懸命やってる。とても素晴らしいね。でも、ポップスのレベルはちょっと低いかな? あと、アメリカはラジオで各ジャンルの専門チャンネルがあって24時間ずっと好きな音楽を聴けるけど、日本では一般的でないのも残念だね。 |
| 今後やってみたいことや自分のスタイルに取り入れたいと思うことを教えてください。 |
| H) |
もっとイイ曲を作っていいミュージシャンとやりたいっていうのが常にあるんだけど、今はバンドをやりたいです。毎週2〜3時間リハーサルをしてライブをやったりレコーディングをやったり。いいミュージシャンは器用だからレコーディングに入ってから集まってもキレイにまとまった演奏をできるけど、バンドの音は出せないからね。バンドで演奏したら僕の音楽ももっとパワーアップすると思うんだ。 |
| 最後に読者の人達にアドバイスをお願いします。 |
| H) |
最高の楽器は歌。自分の感情が一番表れるのが歌なんです。だから頭の中に浮かんでいる歌を自分の楽器で再現できたら、自分のココロに一番近いものになる。テクニックが上手い人はいっぱいいるけど、それが歌になってない人もいっぱいいるじゃない? 僕にもそういう時があるんだけど。自分の歌を表現できたらもっと音楽が楽しくできるし、もっと気持ちを伝えられるよ。 |
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