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| まず、音楽に興味を持ったきっかけを教えてください。 |
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| 葉山さん(以下H): |
3歳からピアノをやっていて、物心ついた時から鍵盤には触れていたので、特にきっかけというのはないですね。ピアノ以外にもバイオリンもやっていました。両親がクラシック好きなので、ずっと習いごととしてやらされていたというか……、ただ、どうしても嫌だと言って辞めるほどでもなかったですね。母は電子オルガンの先生をやっていましたので、電子オルガンもピアノもどちらも練習できたんですよ。 |
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| 習いごととして続けていた音楽を、自らの意思でやろうと思い始めたのはいつ頃ですか? |
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| H: |
僕のことをクラシックのピアニストにしたいという親の希望もあったので、14歳まではわりとクラシックピアノに真剣に取り組んでいて、いろんなコンクールにも出ていたんです。でも、そんな時に学校の友達にバンドに誘われて軽い気持ちでスタジオに入ったらそれが凄く楽しくて、クラシックピアノはやめました(笑)。レッスン自体は辞めなかったんですが、自分の中で芸大に行こうと思っていたのをやめたんです。 |
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| そのバンドではどのような音楽をやっていたんですか? |
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| H: |
正式なメンバーになったわけではないですが、その人たちはパンクバンドをやっていたので、セックスピストルズとかラモーンズのコピーをやっていたと思います。当時はそういう音楽に全く興味がなかったんですけど、スタジオに入って曲を聴かせてもらって「好きなように弾いてみて」って言われて弾くのが凄く面白かったんですよね。今考えると別にキーボードいらないじゃん、っていう音楽で、なぜ誘われたのかも分からないですけどね(笑)。でもそれが、僕がこういう道を目指そうと思ったきっかけだと思います。 |
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| バンド活動を続けるにあたって、シンセサイザーやキーボードが欲しくなりませんでしたか? |
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| H: |
高校に入学する時におばあちゃんに少し無理を言ってシンセサイザーを1台と、カセットテープのMTRを買ってもらいました。それからですね、今みたいな形の作曲を始めたのは。 |
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| 作曲はシンセサイザーを買う以前からされていたのではないですか? |
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| H: |
作曲はピアノのレッスンの過程で小さい頃から習うものだったんです。技術的なものと楽典と両方がレッスンに入っていて、それは必ず同時進行で勉強するものなので。その楽典的なものの1つに作曲法も組み込まれていました。もちろんそれはポップスではなく、クラシックですよ。今やっているようなポップスを作るようになったのは、そのシンセとMTRを買ってからですね。 |
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| ポップスになるとキーボードだけではなくベースやドラムも入ってきますが、リズムもご自分で打ち込みをされたんですか? |
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| H: |
はい。僕が弾く楽器はほとんどがピアノで、ギターやベースは分からないというか、弾いたことがなかったんですが、音楽を聴いている時に楽器の鳴り方を聴いていることが多かったので、何となく頭では分かっていたんですね。ドラムはこういうタイミングで鳴っているとか、ギターはこういうカッティングでこういうフレーズを弾いているとかね。これはオーケストラに入っていたことや、楽器のアンサンブルが好きだったというのが関係しているかも知れません。自然と楽器の立ち位置のようなものを知りたいという聴き方を子供の頃からしていたんです。だから実際にドラムはこうやって叩いてこういう音を出しているんだ、ということを知ったのはもっと後になってからですね。 |
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| 作曲やバンド活動を始めた頃に影響を受けたアーティストはどのような人ですか? |
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| H: |
その頃はメタル・ロックが好きで、アメリカというよりはヨーロッパの音楽を聴いていました。ブラック・サバスとか凄く好きでしたね。カラッとしているよりはジメッとしたものが好きというか。 |
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| あまりキーボードとは関係のない音楽が好きだったのでしょうか? |
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| H: |
今では全然そんなことないですが、その当時はギター、ベース、ドラム以外の音が入っているバンドは大嫌いだったんです。キーボードは必要ないと思っていたくらいで、それよりはカッコいいギタリストがいるバンドのほうが好きでした。ランディ・ローズがその当時のスターでしたね。20歳くらいになってからキーボードの凄い人を知りました。それまでは興味がなかったですね。 |
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| では、ギタリストになろうとも考えられたのではないですか? |
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| H: |
それは全くないです。ギターは全然弾けませんから、完全にいちファンとして好きだったというか、聴いていて気持ちがいい音楽が、歪んだギターがガッツリ鳴っているものだっただけです。 |
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| そういう音楽を聴きながら、高校時代は並行してバンド活動もされていましたか? |
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| H: |
やっていました。そのバンドでは僕はもちろんキーボードを担当して、自分のオリジナル曲ばかりやっていました。 |
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| どういう雰囲気の音楽だったんでしょうか? |
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| H: |
今やっているものとそんなには変わらないと思いますよ。 |
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| 幼い頃からピアノを弾く練習はされてきたと思いますが、バンド活動を始めてからも、個人的に継続して行ったスキルアップのための練習はありますか? |
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| H: |
技術的な面のお話ですよね。でしたら、クラシックの頃と同等の訓練をしていたかというとしていないです。もちろん指が鈍らない程度には練習しますが、クラシックの頃と同じ訓練をしようと思うと、どうしても時間が足りません。ただ、同じ鍵盤楽器といっても 弾き方というか、弾くコツが1つ1つ違うじゃないですか? シンセサイザーとピアノとオルガンでは、タッチの強さもタイミングも変えないと同じように上手く弾けないし。だから自分の持っている楽器の範囲で、その鍵盤の癖を弾き倒して確かめる練習はしていました。例えばFantom-X8とJD-800では、1つのフレーズを弾こうとしても同じように弾いたのでは同じにならないんです。力の入れ具合とかため具合とか全然違うので、楽器によってそれぞれの癖がありそれを知らないとその後の作業にも影響が出てきてしまうんです。技術的には弾けるものでも、新しい楽器をポンと渡されて「はい、これでライブをやってください」と言われることは非常に怖いことですね。その楽器の特徴をなるべくつかみたいです。 |
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| D-LOOPとしてデビューされたキッカケをお聞かせください。 |
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| H: |
フリーターみたいなことをしていた時に今の事務所の社長からスカウトされたんです。その時に「デビューさせたいボーカリストの女の子がいるからデモテープを聴いてみてくれ」と言われて、聴いてみたらそれが凄く良くて、この子だったら一緒にやってみたいと思ったのがキッカケです。 |
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| その時はバンドメンバーとして参加されて、楽曲も作られていたんですよね。 |
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| H: |
そうですね。 |
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| 割とスムーズにプロへの道が開けたという感じですか? |
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| H: |
いや、今もの凄く簡略化して話しましたけど、全然そんなことないですよ(笑)。声をかけられてからの話は早かったですけどね。多分2ヵ月くらいでCDを出していますし、わけも分からない状態でレコーディングをやってプロモーションをやってという状態でした。 |
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| とはいえ、プロになりたいと思う人からすれば夢のような話ですよね。やはり葉山さんもプロ志向だったんですか? |
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| H: |
僕はもう最初から、中学生でスタジオに入ってバンドで演奏を始めた時からプロ志向で、プロになることしか考えていませんでした。僕の実家は熊本で、普通の大学に進学して上京したのですが、それは東京に行けばコネクションを広げて、プロになる道に近付けるのではと考えてのことでした。 |
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| D-LOOPのバンドメンバーとしてデビューした時点で、作曲活動も開始されていますが、その当時から作曲家として特に重要だと考えていらっしゃることはありますか? |
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| H: |
D-LOOPとしてデビューしたての頃は肩書きが作曲家でもなかったし、自分もメンバーの1人だったので、今とはニュアンスが違いますけど、やはり大前提としていい曲を作らなければいけないと思っていました。メンバー全員が満足することが一番で、自分も含め満足しない曲であれば、それがいくら売れそうな曲でもダメだから、みんなが納得する形に近付けようとしていました。そのスタンスは今でも変わりませんね。ただ、立場が作曲家ではなかったので締め切りもないですし、そんなに切羽詰った状況ではなく、いいのが浮かんだ時に出していれば良かったので、非常に恵まれた環境ではあったと思います。D-LOOPはデビューから1年半くらいで活動を休止したので、それ以降、バンド以外の人たちに曲を提供するようになってからは、最初に決まりごとというか、大前提があって作業をするようになりました。まず、いつ発売で誰が歌い、こういう曲調で、こういうイメージのものが欲しいらしい、という情報がたくさん並べられた上で「明日までに作ってくれ」と言われたりする(笑)。最初は情報が多過ぎて作りづらかったですね。みんなが求めているものと自分の希望をすり合わせるポイントをどこにするかに凄く時間がかかって苦悩した時期もありました。ただ、何年もやっているとそういう面も早くなるというか、勘が身に付くということはありますね。 |
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| デモテープを作る時はどのような機材をお使いなんですか? |
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| H: |
最初の頃はコンピューターにシーケンサーを入れていて、音源はJV-2080とかドラムモジュールを使っていたのかな? でもほとんどJVばかりを使っていましたね。あとはA-DATを持っていましたが、あまり使っていなかったと思います。 |
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| 作曲家としての葉山さんとアレンジャーの葉山さんは分れていらっしゃいますか? |
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| H: |
分かれていないです。僕の中ではどちらも作曲という括りなんですよね。それは作曲のスタートが歌モノの作曲家としてではないから、概念的にメロディを作る人が作曲家というイメージはないんですね。作曲というのは全てのアンサンブルを作るものだという認識があるので、編曲という括りは、もちろん今は分かりますけど、あまり別のモノとして意識していませんね。逆に言うと意識がメロディに特化していなかったんですね。曲を作る上でメロディがなくても良かったんです。アンサンブルが成り立っていればそこに歌があってもなくても良かった。だから「曲を作って」と言われて、最初からメロディありきで曲を作ったことがなかったんです。全体のサウンドがありきで「こういう曲を作ろう」「こういう感じのサウンドがいいな」という作り方をするんです。 |
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| それは今もそうですか? |
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| H: |
基本的には。でも、「やっべー、すげぇ良いメロディできちゃった」っていうことがたまにあるんですよ(笑)。でも、本当にたまにです。 |
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| 曲のモチーフはどのようなところから浮かんでくるのでしょうか? |
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| H: |
起きている間は常に考えているのできっかけを探しているというか……、何だろう? 何かが生まれて来ないかなという意識で全てをやっているような気がします。だから割とアイディアが出てくる回数は多いと思います。それで、あまり寝れなくて、いつも不眠症気味なんですよ。 |
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| 葉山さんは小学生の頃からピアノでクラシックの作曲もされていたわけですから、楽理はばっちり身についているわけですよね。 |
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| H: |
もう忘れましたけどね(笑)。 |
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| でもコードやハーモニーなどの楽理は最初から身についていたものなんですよね? |
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| H: |
ピアノではコード進行はそこまで突き詰めて勉強しないんですよ。ただ母親が電子オルガンの講師としてポピュラー・ミュージックをメインにやっていたので、コードを使っていて、母がレッスンをしているのを見ていたので自然と身についたというか、知ってはいたんです。とはいえ、厳密なコードネームはいまだに分からないものもあって、アレンジをしていてミュージシャンの方が書いたコード譜とかを見て「これ何ていうコード何だろう?」っていうのが出てくると母親に電話して聞いちゃいます(笑)。 |
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| さまざまなアーティストに楽曲を提供する際に特に重要視していること、気を付けていることがありましたらお教えください。 |
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| H: |
一番大切にしているのは、そのアーティストが良く見えるかどうかです。いくら自分や周りが満足しても、歌う本人が気に入っていなかったら僕は嫌なんですよ。だったら気に入るまでやりたいと。最終的にその曲を伝えるのは歌う本人なのでテンションが乗るか乗らないかって大きな差になると思うし、その人の声を通して聴き手に伝わると思うんですよ。だから本人のテンションが上がるような「凄い、歌ってみたい!」って思わせるような楽曲、その人に合った楽曲を作ろうと努力しています。逆に言えばそこしか考えてこなかったとも言えますね。 |
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| ちなみに1つの依頼に対して2〜3曲の候補を作っていくものなんでしょうか? |
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| H: |
僕の場合は決め打ちタイプですね。大幅に違うと言われればまた別の曲を1から作り直しますけど、今までは運が良かったのか大幅に外れたことはなかったですね。1つのイメージに対して何個も作れるようなタイプじゃないんです。だから量産型ではないのかなという気がします。書けば書くほど自分が磨り減っていくような感覚になるんですよ。でも、それはどこかで元に戻さないと、それこそ本当に身が細っていくような気持ちになるんです。だから僕は詰まったスケジュールがバンッと真っ白になったら大体携帯も切ってどこかに逃げちゃっていますね(笑)。 |
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