Profile:アンジェラ・アキ
1977年日本人の父とイタリア系アメリカ人の母のもとに生まれる。卓越した存在感のあるボーカルとダイナミックなピアノ・プレイに定評がある個性派女性シンガー・ソングライター。3歳からピアノのレッスンを始め、15歳でハワイに移住。以後、2004年に日本へ帰国するまでアメリカ ワシントンD.C.に在住。大学時代より音楽活動を本格化。2005年3月9日、6曲入りミニ・アルバム『ONE』をインディーズよりリリース。発売週に、HMVインディーチャート2位を記録し話題となる。2005年9月14日、シングル「HOME」でメジャー・デビュー。1月18日に2ndシングル「心の戦士」をリリースした。
Profile:松岡モトキ
自身のバンド BL.WALTZ としての活動とともに、数多くのアーティストに楽曲を提供。また、映画のサウンドトラック、CM音楽など多岐にわたって活躍している。近年活動の中心となっているプロデューサーとしての手腕は、豊富な音楽知識と独自のポップセンスから生まれるツボを押さえた良質なメロディとサウンドが高い評価を得ている。
Profile:阿部尚徳
中学在学時よりイタリア古典に興味を持ち合唱、声楽を志す。その後作曲に転向。作曲家・栗山和樹、作・編曲家滝沢淑行に師事。beatica名義でのアーティスト活動とともに、膨大な音楽知識、機材知識をバックボーンに誰もが唸るポップセンスを発揮する作・編曲家、プログラマー、マニピュレーター、リミキサーとして活躍中。
 
今回のインタビューはアンジェラ・アキさんの登場です。当日は都内スタジオにてレコーディング中の現場を訪ね、アンジェラさんの楽曲を手がけているプロデューサーの松岡モトキさん、プログラマーの阿部尚徳さんにもインタビューにご一緒していただき、お話をお伺いしていきました。

 
まず始めに、音楽に興味を持ったキッカケを教えてください。
アンジェラさん
(以下、A):
家に電子ピアノがあってよく父が弾いてくれたのを見て、凄く興味を持ったんです。自分から「クラシック・ピアノを習いたい」ってお願いしました。あ、私は徳島の三方を山に囲まれて、テレビのチャンネルが2つしかないような凄い田舎で育ったんですよ。だからピアノの先生も周りにいなくて、本当に遠くまでレッスンに通っていました。中学に上がった頃にはバイエルやブルグミューラーなどのベーシックな部分のレッスンは終わっていて、ハワイの高校を卒業するまではソロでコンチェルトを弾いたりオーケストラをバックに演奏していたんですが、何となく「クラシックもここまで勉強したけん、もういいかなぁ」と思っていたんです。だけど、ワシントンD.C.の大学に入って、1学期にクラシック・ピアノを勉強したら、その先生が凄く面白い先生だったので、その先生に音楽を習いたいと思い、ピアノを続けたんです。でもその先生はジャズの人だったので、その影響でジャズに傾倒していくんですけどね。
 
大学というのは音楽大学に行かれたんですか?
A: 専攻は政治経済だったんですが、アメリカの大学って、専攻と副専攻があるので副専攻はジャズ・ピアノにしました。その先生はバークレー出身で、レニー・クラヴィッツのドラマーのシンディ・ブラックマンとバンドをやっていたり、エイミー・マンと一緒に演奏していた人で、本来はジャズの先生なのに部屋一面ビートルズやエルトン・ジョン、ビリー・ジョエルの写真が飾ってあったり、ニルヴァーナが好きだったり、面白い先生だったんですよ。その先生に4年間ついて勉強して初めてジャズの世界に触れ、即興で演奏する楽しさを知って、ジャム・セッションやラテンのバンドをやったり、ピアノだけでいえばそこでいろんな分野を経験しました。卒業してからはポップスやシンガー・ソングライターとしての活動を始めたんですが、大学4年間でのジャズの勉強にはいろいろ刺激も受けましたし、自分の音楽の中に強い影響を与えていると思います。
 
大学に行くまではずっとクラシックを演奏されていたわけですが、その当時はクラシック以外の音楽も聴かれていたんでしょうか?
A: 幼い頃から家ではよく音楽が流れていました。千昌夫の次はカーペンターズ、ビージーズかなと思ったらサブちゃんが流れるという感じで、和と洋をミックスして聴いていました。母親もよく歌っていたし、歌には興味がありましたね。お母さんは私より100倍歌が上手いんですよ! お父さんによく言われるんですけど「おまえがここまでやれるんやったら、お母さんはもっとできとったわ」って(笑)。でもそれくらい歌は身近なもの。それがピアノと一緒になったのは高校くらいからだと思います。たくさん曲を作り始めたのがその頃でしたから。
 
ピアノを途中でやめずに続けてこられた秘訣や、ご自身が行われた効果的なピアノの練習方法を教えてください。
A: ピアノをやめずに続けられた理由は母のおかげです。実際に何回もやめたくなったんですよ。他の子と遊びたいし、毎日何時間も練習しなくちゃいけない。楽しく練習していたわけじゃないんです。もうやめるって宣言したこともあるんですけど、その時うちの母親は「やめたいならやめていいよ。でも1ヵ月考えて、それで本当にやめるならもう一度お母さんに言いなさい」って言ったんです。これは凄くいい方法だと思いますよ。やめてやる、って思いながら週に1回のレッスンと家での練習をこなすんですけど、なぜか約束の3日前くらいにふと、「いや、やめなくていいんじゃない?」って思うんですよ。なぜかそこで急に音楽の喜びを感じるんですね。約束の日になったら「どう? ピアノやめる?」ってお母さんに聞かれるんですけど、「いや、もうちょっと続けてみる」って答えちゃう。そういうやりとりが何回かありましたね。無理やりやらされていると感じても、やっぱりどこかに喜びがあるし、好きだから続けているんですよ。そしてそれが最終的にはやめたいという気持ちに勝つんですね。
 
練習がつらくても上達すればその喜びも大きくなっていきますしね。
A:
そうなんです。また、その感動とか自分の感じるものが濃厚になってきますからね。工夫した練習に関して言えば、私だけじゃないかも知れないですけど、例えばベートーベンの『月光』を練習していたとします。第1楽章と第2楽章は簡単だから弾けるんですが、第3楽章は難しいので、なかなか上手く弾けないんです。 4段くらいやったらもう嫌や、ってギブアップしたくなるんですけど、そういう時は『月光』のCDの第3楽章を聴いて、耳が理解してから譜面を見て、CDも流して演奏するんです。そうすると演奏に詰まってもCDはどんどん流れていくじゃないですか。だから一生懸命譜面を読んでついていこうとするんです。その練習のおかげで譜面を読んで消化するスピードが速くなったんですよ。詰まったところで一時停止したり巻き戻したりして何回も練習できるし、CDの演奏は有名なピアニストの方が演奏されているので強弱の付け方とかも譜面に書いてあるのを見るだけじゃなくて聴くほうが実感できるんですよね。このやり方を「それはカンニングですよ」と話される先生も、「耳で理解することは大切だから」と言われる先生もいらっしゃいますし、いろいろな考え方があると思いますけどね。
 
 
演奏技術の習得について、松岡さん、阿部さんにもお聞きしたいのですが、特別に工夫された練習方法などはありますか?
松岡さん
(以下、松):
僕は全くの独学で、楽器を習ったことはないんです。ギターを始めた時はただ「この曲を弾きたい!」って気持ちだけで、何回も曲を聴いて耳コピするのみでした。最初は弾きたいフレーズをまず口で言えるようにというのは意識して練習していましたね。ソロを弾きたい場合、早弾きでもそのメロディを歌えたら、その音を探しながら弾けるじゃないですか。また、自分が子供の頃って、タブ譜とかがあんまり出ていなかったというのも理由なんですけど(笑)。
 
分かります(笑)。だから聴いてコピーするしかなかったんですよね。
A: 耳が鍛えられる環境だったんだね。
松: だからアルペジオとかは高音で弾く部分と低音で弾く部分を分けて聴いていたんですよ。それで最初は一緒に弾くんじゃなくてルート音と上の部分を分けて弾いて、それぞれができるようになってから合わせて弾くような練習をしていました。
 
阿部さんはいかがですか?
阿部さん
(以下、阿):
僕はキーボードなんですけど、やっぱり一番最初に始めた練習は耳コピでした。これは音楽を楽しむということにも通じるものなんですけど、例えばバンドをやるにしてもニュアンスを誰かに伝えることが大事ですが、音楽用語で「ここはクレッシェンドで」とか言うだけじゃなく、より音楽として伝えるためにCDとか出ている音楽で「このフレーズがカッコいいよね」っていう伝え方もできることも音楽の面白い部分かなと思うんです。もちろん練習も大事ですけど、バンド内で練習する時に「あの曲のあの感じがいいんだよね」っていう話になった時に「あの感じ」が分からないとつまらないなぁって思うから、もっとたくさんいろんな音楽を聴いて感覚を知ろう、頑張ろうという気持ちがありました。
松: 僕も今は1人でできることもたくさんあるけど、バンドをやって人の呼吸と合わせることも音楽の醍醐味だと思うから、いろんな人と演奏することも大事だと思います。
 
アンジェラさんもバンド活動をされていたのでしょうか?
A: 今のような弾き語りは去年から始めたんですよ。アメリカにいた時はずっと自分の曲なんですけどバンドで演奏していました。私は弾き語りというとベン・フォールズを思い出すんですけど、日本だと皆さんが弾き語りのアーティストに対してかしこまったというかサラッとしているというイメージを持っている気がするんです。あまりロックとリンクしないんだなぁって。でも、松岡さんも言ったように、1人になった時でもバンドを経験しているからこそダイナミックな感覚を持てるんだと思います。私はピアノ弾き語りでもロックはできるし、フジロックにピアノ弾き語りで出たって全然恥ずかしくないと思うしね。
 
ジャズの面白さを知った上でロックのエモーションがあるんですね。
A: ロックって、ただ単に大きい音を出してシャウトしていればいいのかというと、全然そんなことはないと思っているんですね。去年ジャニス・イアンにお会いしたんですけど、彼女のギター弾き語りのライブを観て、こんなにロックなライブは久しぶりに観たなと思ったんです。魂の生々しさを凄く感じてしまって、「何なのこの人は!」って思った。私のロックの解釈はそういうことで、表現したい、目指しているところでもあるんです。それをロックだと感じてくれる人もいれば、弾き語りはロックじゃないよって言う人もいる。意見の差だと思うんですけどね。
 
 
では話題を変えて、初めて使われたローランド/ボス製品を憶えていらっしゃいましたら、みなさんそれぞれ教えていただけますか。
阿: 僕は中学生の頃にミュージ郎を買いましたね。あとはU-20 。ミュージ郎の音源MT-32とU-20を一緒に使っていました。
中学生の子供が買うには結構高かったのではないでしょうか?
阿: 親も音楽が好きだったので、「買ってみて一緒に使おう」っていう感じでした。パッケージが良かったというか、「これを買えばすぐできる」っていうセットになっていたので、トライしやすかったんでしょうね。それがきっかけでMIDIを覚えて、その後MC-50を買いました。
 
松: 僕はエフェクターのワウファズですかね? それとアンプはJC-120 。安定した音が出るから、どこのライブハウスに行ってもJCが置いてあったし。それこそ当時組んでいたバンド、 BL.WALTZでデビューした時からずっとJCを使っていました。それはローランドが開催していたニューエイジ・コンテストで準優勝した時にもらったものなんですけど(笑)。
JC-120
 
エフェクターの中で特に印象に残っているものはありますか?
松: やっぱりOD-1でしょうか。一番好きですね。ボスのコンパクトは今もパッケージが変わってないというのが凄い。あと音も安定しているし、ライブの時に踏みやすいというのが一番いいところですね。
A: 向こうでバンドをやっていた時にRD-600を持っていました。海外のアーティストって、ローランドの鍵盤楽器を使っている人が多いんですよね。ライブハウスに置いてあるのもRD-500、600が多かったし。あと、その頃のバンドのギタリストもアンプはJCを使っていました。
 
なぜRD-600を選ばれたのでしょうか。
A: タッチも弾きやすいし、鍵盤の重さなのかな? 弾きやすいのはもちろんですけど、ステージに立った時のスタイルがいいんですよね。
 
ピアノの音は聴きなれていると思いますが、ローランドのピアノの音はどのように感じられますか?
 
A: RD-500や600の頃はそんなにもの凄い、という感覚はなかったんですけど、RD-700SXを最初に弾いた時は、本当にこれは凄い!と思いました。この前ライブがあって、東京では生ピアノを弾いたんですが、その1週間くらい前に大阪でもライブがあって、その時はRD-700SXを弾いたんです。ここだから言うわけじゃなくて、RD-700Xのほうが音が硬くまとまって出ていくし、モニターの返りがいいから演奏しやすい。特に音が広がっていくオープン・スペースで演奏する時は絶対RD-700SXを使ったほうがいいと思う。RD-700SXは特別で、今までの楽器とは世界観が全然違う感じで、これを弾く時はテンションが上がるんですよね(笑)。
 



   
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